2月1日(水) のさき 
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おはようございます。(デニーズでは時間帯を問わず、従業員同士のあいさつで「おはようございます。」を用います。)17代2nd Vln.首席奏者の野?です。巷の噂によると、この活動日誌で本名ママで投稿するとググられて就活の際にチェックされるとかしないとか。。なので多少の偽名を使わせていただいております。ご容赦ください。
↓の人に指名されたので、2月1日の活動日誌は僕が担当させていただきます。(日誌担当者決めの際に一声あげれば指名させられるという悪知恵を身に付けたので、今後もいじめ、、もとい積極的に参加していこうという所存です。)

2月1日の練習は、
4限〜6限 自主練
という内容でして、活動に来られていた大体の方が2月11日の団内演奏会に向けた練習に励んでいたように見受けられました。かくいう僕もその1人でして、Vla.を弾き恋ダンスを踊り三線を弾き、とせわしなく動いておりました。僕が言い出しっぺの笛吹き祭が筆頭格だと自負しておりますが、多彩な楽器が奏でる練習は心が躍りますね。演奏会当日が待ち遠しいです。(当方絶望的にダンス才能が無いようです。暖かく笑い飛ばしてくださればと思います。)

最後にちょっとだけ個人的な話をします。実はちょっとした縁があって埼玉県内の某公立小学校でVln.の一日講師を定期的に務めさせていただく運びになりまして、早速小学校の先生方と企画を練っております。趣旨としては「Vln.を生徒に体感してほしい。」というもの。この実現が意外と難しいのですね。確かに僕がSoloあるいはPianoとのDuoをするだけでも体感させることは可能です。しかし、今もこうしてオーケストラの一員である僕からすると、やはりVln.はオーケストラのような合奏集団の中で栄える存在であるので、生徒の皆様にも合奏の良さを体感してほしいのです。(まぁ理想はそうでも僕個人ではどうすることもできないので、個人技の披露程度に落ち着いてしまいそうなのです。。)
そういう観点でいうと初心者でも弦楽合奏に参加できる当団の活動趣旨は素晴らしく、得難いものであるなぁと痛感しております。
ステマっぽくなったところで〆といたしましょう。まもなく春休みかと思いますが、最後まで気を抜かずにテスト・レポート等をこなしていきましょう。もう春休みに入られた方はお疲れさまでした。

P.S.寝不足は寝坊のもと。黙祷。

 1月21日(土) よしむら ひびき  [修正]
こんにちは1年の吉村響です。気づいたら指名されてました。後で覚えてろよ、17期2nd主席?
この日は
 昼 :自主練
 3限:自主練・団内の練習
 4限:自主練・団内の練習
でした。テスト期間が近かったり、団内が近かったりということで人数は比較的少なく、皆自由にやっているという感じでした。そんな中で私は、アルトリコーダーを吹いてました。「なんでや、(クラ弦に)リコーダー関係ないやろ!」と思う人もいるかもしれませんが、実はあるんです。団内でリコーダーとして乗せてもらえることになったので、中学生以来の約6年ぶりに吹いていました。まあ、クラリネット吹いてる人とか、合唱してる人達とかいたのでなんでもいいんじゃないですかね。今から、団内が楽しみです!

本音を言えばテストも近くクラ弦に行ってる場合ではなかったんですが、2限に体育が入っているのでついでにって感じでしたね。そこで今回は秋学期に取ってしまったフェンシング(サーブル)についてちょっと書きます。まず、フェンシングは3種類に分かれていて、
 ・フルーレ…突きのみ可能
       胴体のみ有効面(手足、顔は無効面)
       一番有名(TVでよく見るやつ)
 ・サーブル…突き、斬るが可能
       腰から上の上半身全部有効面
 ・エペ  …突きのみ可能
       全身が有効面
       決闘に近いので結構危険
という感じになっています。フェンシングの基本的なルールは剣で相手の有効面を先に突く(or斬る)をした方の勝ちとなります。ただし、両者同時に突いたように見えることもフェンシングでは多く判定が難しいので、サーブルには攻撃権が存在します。攻撃権はどちらか片方にのみ存在し、両者同時に突いた時、攻撃権のある方の勝利になります。では、この攻撃権はどうしたら得られるのかと言うと、
     「自分から攻めている(突きに行っている)方に攻撃権が入る」
という感じです。このため初心者同士では攻撃権を得ようと、どんどん攻めます。いわゆる「ガンガン行こうぜ」ですね。ただし、攻撃権は移る場合があります。それは、
     「相手の攻撃を防ぐと攻撃権が手に入る」
という場合です。これにより、最初は守ってカウンターで勝利ということも可能になります。

他にも移動の仕方だったり、技の種類だったりと色々あるんですが、読む側も書く側も飽きたのでここまでにします。まあ、テスト期間中にも授業があることが謎ですが、興味のある人はGECのフェンシング(サーブル)を取ってみてはいかがでしょうか?(ステマ)

クラ弦全員の単位が来ることを願って失礼します。

 1月18日(水) やまだ  [修正]
この日の練習は
4.5.6限 個人練でした!
定演が終わり、引継式も終わり、今の時期は(試験はあれども)息抜き期間といったところでしょうか。練習部屋を見渡しても人が少なくなったな、と感じました。多くの人が団内演奏会の練習をしていましたね。ピアノの連弾が聴こえてきたり、A.saxやTrb、はたまたハイレベルなリコーダーの音色など、いつものクラ弦とは違う雰囲気でした。演奏会本番が今から楽しみです。
さて、なぜ私が日誌を書いているのかといいますと、この日は16期幹事長として初めての締めをやったからです。いざ締めの時に中心に立ってみるとみんなの顔が見えて今までとは違う景色が広がり、これが歴代の幹事長が見てきた景色なのか、と急に実感が湧いて緊張しました…。
さて、私たち16期は2年間、15期の先輩方の背中を見てきました。ただ道を示してくれるだけでなく、時には振り返って私たちのところまで駆け寄って助けてくれる、優しくて素敵な方々です。そんな先輩方を受け、これからは私たちがクラ弦の新しい1ページを綴っていく番です。期待と不安を背負ってのスタートとなりましたが、1年間私達なりに頑張っていこうと思います。
最後になりますが、団員のみんな、そしてクラ弦を応援してくださる皆様、改めてこれらからもよろしくお願いします。

 1月14日(土) 引き継ぎ式 のり  [修正]

のりこと櫻井、第15期幹事長がお伝えします。

この日のクラ弦の活動は
昼限 準備?
3限 引き継ぎ式 その?
4限 引き継ぎ式 その?
5限 引き継ぎ式 その? 
でした。

実質14時開始だったかもしれませんが誤差としましょう。
例年通り、スケジュールを取り決めても定時集合しない団員大半にはじまり、ありがたい話やよく分からない話、まとまらない話、心境の話をする各3年生、そんな3年生へ感謝の言葉やねぎらいの言葉、評価の話、思い出の話しなどを1・2年生、記念品や色紙の贈与と記念撮影があって、なんだかんだあって4時間弱の引き継ぎ式でした。
相も変わらずの部屋チョイスにつきましては部屋予約の都合にございます。運です。
引き継ぎにあたって、まだ卒業はしないまでも一奏者やパートリーダ、役職の長から離れ後輩に役目を継がせるにあたって各人が思うところがその言葉、言葉の端や表情に現れていて同期として非常に感慨深い共感を、そして先輩との離別を見送る後輩らの立場や心情に懐かしさを感じた、様々な想いにあふれた会だったと思います。
一当事者の美談になりますが、本会を開いてくれた後輩や幹部への感謝をこの場を借りてあらためて、ありがとうございました。


ここから日誌が脱線しますね。おそらく長いです。
さて3年生が引退を前に思いの丈を綴る回も今回で終わります。遅くなりましてすみません。奏者として3年間、幹事長として1年間務めさせていただきました。率直な感想を言ってしまえば長いようで短かった現役生活でした。1年は夏定で因縁深い死乙女をはじめ2ndの先輩方の後ろを必死にかじりつき、2年では当時自覚があまりないままに副幹事をやりつつ先輩後輩と騒ぎながら、2nd以外のパートへの挑戦もしてみました。

思えば1・2年生の時は驚くほどあたま空っぽに生きていた気がします。
僕は去年の引き継ぎ式を担当してからですが、はじめて事の舵をとる大変さと重さの他に、事の問い合わせが全て自身に向かうこと、事の進行とそれが実行されているかのフォローなど、幹事長に限らず大なり小なり、遅かれ早かれ同期のみんなは強く実感させられ今に至っていると思います。それだけに、これから舵を取る2年生はとても頼もしく成長したと励ます一方、慣れない立場で何より戸惑いと不安、そして責任を負ってからサークルを見る視点も変わりこれをつらく感じることも多いでしょう。結局最後まで締まらないと評価された締めですが、鮮明に去年の引き継ぎ式打ち上げの後、やはり凍えるロータリーでお前がやるんだよと言われてはじめて気づいて、慣れない音頭を取った覚えがあります。

僕はいつかのときに、フォロユー、フォローミーの姿勢でやっていきたいとも言いました。一人先導していくのではなく、互いに先導しあって進むちおう意味でしたが、なんだか最後まで僕のよくわからない指示をみんなに必死にフォローしてもらった気がします。幸運でした。加えて幹事長をやっていて、事のフォローのために何回も理工キャンと学館を往復するごとに、やはり助け合いの善意あってこんな「緩い」とされる風潮であっても団員一人一人がなにかとしっかりした個性・志があると信じています。

そしてなおさらに、許されるこの関係にこそ責任の存在がなおさらに問いただされることを意識する場面も増えました。責任、英語でresponsibilityと綴りますが、前後半を意訳すれば「返答する能力」でもあります。責任は返答すべき相手がいて発生します。団員一同、奏者であればその責任は個々の演奏にあると言いきることもできますが、これが意識にあるかないかでそれぞれの演奏の意義にも差異がうまれ軋轢も生じうることでしょう。同じく役職にもいえることです。いつかに僕はケネディの言葉より、サークルへ何を求めるかより何をしてやれるかを考えてほしいとも言いました。今も昔も自分にとって諸刃の剣であるこの言葉、臆病ながら今は去りゆく立場にある今言い捨ててみます。

色々あって特に考えさせられる1年間でしたが、クラ弦に属して下手なりにみんなを統括する立場、不似合いとは思いつつもやってきました。しかしそれだけに演奏以外の団員の色々な面も見られて、なんだか得した気もします。何より事をうまく運ばせ、結果団員が良かったと言えば幹部として冥利に尽きます。数えて3年間、演奏も、運営の仕事も、突発的なアフター、有志のイベント、合宿、どれもあたたかくて、よい思い出です。

最後になります。
やり終えた達成感があるとすれば、それはきっと16期幹事長が夏定の檀上にて精一杯伝える代表あいさつにこめた想いと、新入団員とともに作り上げた演奏を聴いたときに感じるでしょう。願わくはその場で見届けられることを。願わくはこれからもこの団のよりよい発展があらんことを。先輩後輩、誰よりも同期のみんな、いままでありがとうございました。

 1月7日 辻村光樹  [修正]
当ページにお越しの皆様、あけましておめでとうございます。新年最初の練習の様子は、コントラバスパート学部3年の辻村がお伝えします。

今日の練習は
  昼 Vc., Cb. 時間外合同パート練習(油そば)
  3限 個人練
  4限 個人練、ドヴォ合奏、Cb. パート練習(定演振り返り)
  夕 新年会(お好み焼き)
でした。

お昼には「チェロバス時間外合同パー練」と銘打って、両パート3人ずつで早稲田の有名な油そば屋さん「武蔵野アブラ學会」で食事をしました。私が、次週の引き継ぎ式で首席奏者を引退してしまう前に「最後のパー練」がしたくなってこう名付けたという、少々ばかばかしい企画でしたが、最後にチェロさんと仲良くパー練ができて、とても嬉しかったです。

4限には、コントラバスパートは私による「本当の最後のパート練習」をしました。年が明けてから、恐る恐る定期演奏会の録音を聴いてみましたら、思ったよりも出来が悪くなかったので、折角の演奏に対する反省点等をコメントしたくなったのです。もっとも、学生の経験があれば明らかなように、勉強していて最も力が伸びるのはテスト後、解けない問題があって悔しく思う状態で答えを知る時ですよね。他のパートに比べて、パー練時間の少ない我がバスパートでしたが、「テスト返し」だけはしっかりやろうと思って、急遽メンバーを集めて実施しました。

最初に3人全員を集めて全体的なコメントをした後、一人ひとりとそれぞれ20分ほどかけて、演奏やそれまでの練習、これからの方針について意見交換をしました。私は厳しいパートリーダーを目指していました。運動部出身なもので。しかし一方では、これまで先輩方に自由で気楽な環境で練習をさせてもらえたからこそ、モチベーションを高く保てたし、練習メニューを自分で考えられる自由度も確保され、首席を務められるだけの力をつけることができたのだ、との想いもありました。従って、厳しさと優しさ、あるいは自由度のさじ加減が難しい、試行錯誤の1年となりました。最終回の今日も、言い方はマイルドでありながらも、これまでに言いたかったこと、しかし演奏会前に伝えるには適切でないと判断した少し厳しめなことを、一人ひとりに伝えられた、良いパート練習になったと思っています。

私は、定期演奏会が終わった直後のこの時期の練習室が好きです。2月の団内演奏会(外部のお客様にお見せしない、内輪の演奏会。少人数のアンサンブル演奏が中心である)に向けた練習を始めるとか、練習する曲がまだ無くて、過去の演奏会の曲(昨年夏のドヴォルザークなど)を懐かしみながら合奏してみる、冬休み明けで久しぶりに会う仲間とお話しするなど、過ごし方は人ぞれぞれだけれども、演奏会が終わった後の開放的な気分は共通していて、皆さん楽しそうです。厳しくなく、楽しみながら楽器を弾ける環境を求めてクラ弦に集まった皆さんにとっては、特に嬉しい季節ですよね。私はいつも、折角の自由な練習時間なので、普段は扱う時間のない教本に手を出してみていました。退屈だし疲れますが、基礎固めによってその後の演奏が楽になることを考えれば、私たちが求める「楽しく弾くこと」に敵う時間の使い方なわけです。「楽」と「楽しい」を等価とみなせばですね。さらに「楽」を、難曲を最小のエネルギーで弾けるようになること、と定義しています。基礎練習、おすすめです。

役職引退前、最後の練習でパー練などをやり、そもそも練習に顔を出し、当欄を書く権利まで得るなど、役目を終えた首席の権力をここぞとばかりに行使してすみませんでした。幹部代を譲った学年は大人しくするのがクラ弦の慣例のようですが、現役奏者としての最後の1年間に向けて、少し積極的に出てみたのです。ついでに、練習後の新年会にも出ちゃいました。3年は私一人でしたが、元気な1年生が多くいましたね。みんなの目線の前でお好み焼きをひっくり返したり、とん平焼きの完成形が如何なるものかをググったり、意外と美味しいスイーツもんじゃを楽しんだり。使い方の解らないドイツ製洗濯機の話をしたり。油そばも良いけれど、一つの鉄板を囲んでの食事も、お話しができるしアミューズメント性もあるし、良いものですね。機会があれば、また参加させて頂きたく思います。

今日もご覧いただきましてありがとうございます。次回、11日(水)は定期演奏会の反省会です。

 12月23日(金) 第15期 指揮者  [修正]
この日は

第30回定期演奏会

でした。皆さん、本当にお疲れさまでした。演奏自体の評価は人によって分かれると思いますが、ひとまず何の事故もなく、また当日、一人の欠員もなく演奏会を行えたことを喜ばしく思います。
加えて、ご来場いただいた皆様にも、この場を借り、改めてお礼申し上げたいと思います。本当にありがとうございました。
以下、少しばかり長いですが、折角なので書かせていただきました。読んでいただければ幸いです。

さて、幹部代になってからのことを振り返ってみれば、年明けから夏の演奏会までの期間は我ながら酷かったな、と反省することばかりです。その頃は自分が何をすべきかもわからず、先代のまねごとをただ闇雲にやっていただけでした。先輩や、後輩からもあれやこれやと言われ、あらゆる意味で余裕がなかった時期でもあります。それを言いわけにするつもりはありませんが、無意味に同期(主に幹事長ですが)にきつく当たったり、本当に申し訳ないことをしました。
そんな状況で迎えた夏の演奏会、本番は大きなミスもなく進んだと思っていましたが、やはりその辺りの歪みが出てしまったのか、終わった直後にクラ弦生活で2番目くらいに考えさせられるようなコメントをいただき、これからどうしようか、一時期は結構まじめに悩みました。
実際、指揮を始めた2年生の夏定演以来、演奏会のたびに「よかったよ!」と言ってくれる人が多く、自分でも「意外といけるな」と思っていた節があったのですが、そんな思い上がりも夏定を経て木っ端みじんに吹き飛びました。いつでも「楽しい演奏会」を目指していたはずが、どこかで間違えたらしい、と気づいたのもこの頃です。

「楽しい演奏会」という言葉、便利なのですが、少々難物です。自分が気持ちよく弾けたら楽しいのか、上手く合わさったら楽しいのか、観客からの反応が良かったら楽しいのか、はたまた特定の人物に認められたら楽しいのか……恐らく、その在り方は千差万別でしょう。私自身、しばしば友人から「指揮してて楽しい?」と訊かれることがありましたが、普段の合奏を楽しいと思ったことは一度もありません。練習は「できていないこと」を見つける作業であって、楽しいとか楽しくないとか、そんな地平の話ではなかったからです。
私が尊敬するとある人は、楽しさを「後悔のないこと」と述べていました。ただ、当たり前ですが、闇雲に「後悔しないように」という思いでやっても、恐らく楽しくはないでしょう。後悔しない、ということがどういうことなのか、また、そのためには何をすればいいのか、などは各々が自分で見つけなければならないことです。

そう考えたとき、奏者だった時の私にとって、結局のところ「楽しさ」とは「胸を張れること」でした。自分の演奏に、解釈に、表現に胸が張れれば、それは自分にとって揺るがない楽しさになります。
本番でできなかったこともあるでしょうし、アンケートなどで甘い部分を指摘されることもあるでしょう。後々、「あの時こうしておけばよかった」と後悔するときも当然あります。しかし、それが「だからあの時はダメだった」となるかは、やはり、当時の自分が「胸を張れたか」にかかってくると思います。
後々になってからの方が物事をよく見えているなんて、考えてみれば当たり前のことです。見えていなくても、見えていない自分なりに、その時までにできることをすべてやっていたならば、それは後から振り返った時でも「楽しい」と言えるはずです。

そして、これを意識して以来、奏者からこの「楽しさ」を引き出し、またそれが自己満足で終わらないよう、聴いている側を「楽しませる」のに必要なことを考えるのが、指揮者であった私の役割であり、課題でした。

人の心を動かすのに必要なのは「共感」です。曲紹介もパート紹介も、曲順でさえ、演奏に共感しやすい状態になっていただくためにあります。つまるところ、いかにこの「楽しさ」に共感してもらうか、ということを考える必要がありました。
この課題は、未だ完全には解決できていません。ただ、それ以来、日頃の練習でも、「できていないこと」ではなく「できるはずのこと」を指示するよう心がけ、今は何ができるのか、現代にまで名を残しているような傑作をどう伝えればよいのかなど、毎日そんなことばかり考えていた気がします。恐らく、これからも考え続けなければならないでしょう。

その一つの区切りとしての今回の演奏会で、最終的に楽しめたか、それに共感できたかの判断は、演奏した皆さん、及び聴きに来てくださった皆様方に任せたいと思います。
しかし、一つだけ述べさせていただけるなら、私は奏者の皆さんを、「胸を張って」舞台袖から送り出しました。それだけは確かです。

長くなりましたが、この辺で終わりにします。
改めまして、皆さん、今まで本当にありがとうございました。

願わくは、今後の皆さん全員が「楽しさ」を追及してくれることを。
(2016字)

 9月17日(土) むとう  [修正]
こんにちは!今日はぼくの誕生日です!!
いえーーい!!!
ちなみに明日は定演です!!
いえーーい!!!
みんな頑張ろうね!!
いえーーい!!!
じゃ!そういうことで!!!
あでゅー!!!

豆知識
アデュー(Adieu)
仏語。
a(〜に、の意味を持つ助詞)+dieu(神)が合わさった語。
"Au revoir"も「さようなら」の意味を持つが、こちらは「またね」というニュアンスを持つ。
一方、"Adieu"は永い別れ、もしくはしばらく会えない時に用いる。
なのでフランス人にアデューと言うと誤解されるのでやめておこう!

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